スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

20選とは全然関係ないけど2012年下半期でこれは本当に好きだったなって動画を20本くらい選ぶだけのエントリ。

いえ、前回参加した際、無形のプレッシャーに押し潰されて死ぬかと思ったので、今期はこのブログだけで完結する、私の好きな物を晒すだけのエントリにしようかと。
楽しませて頂いた製作者様諸氏には、名誉の一欠片すら担えずに大変申し訳ないのですが。

と、そうだ、20選とは全然関係ないのですが、折りよくニコマス20選投票所様にちょうど良いレギュレーションがあったので、引用させて頂きますね。
基本レギュレーション
・対象は2012年下半期(7月1日~12月31日)に公開されたニコマス作品
・自身のセレクトを20作品以内でブログもしくはマイリストにて公開
・1Pにつき1作品
・選考基準はフリー(お気に入り・埋もれ発掘・テーマに沿って等何でもオッケー) 
今回はあれです、「サムネとタイトルで自分が何に心打たれたのか全て思い出せる」動画の中から、恥も衒いもなく、私がわりと本気で選んだ物です。
以下。


すとっちP。
超気持ちいい超かっこいい高速。

人が物事を「高く」評価する時の、「高」いという基準には、大体5つくらいの物差しがあるのですわ。

1.絶対量評価(与える幸福量の多さ、理解できる手間のかけ方、濃度、物量を評価基準とする)
2.可能性評価(その「発想」が何処まで面白くなり得るか、その作家が何処まで伸び得るかを評価基準とする)
3.完成度評価(そのネタ、その条件、その方向性、その作家の能力に於いて考え得る「最高」にどれだけ近いかを評価基準とする)
4.減点式評価(理解できるミスの無さ、直感的に気に食わない部分の少なさを評価基準とする)
5.世間体評価(世評の高さ、それを評価することで高まる自分の評判を評価基準とする)

の、5つ。
大体の人はこの複合で物を見てると思うんですけど、たぶん上から順番に、日常的に批評を趣味にしてる人がよく持ってる価値観。異論は認めます。
普段あんまりそういう活動をしてない人だと、1>4>5>3>2かなぁ。こちらも異論は認めます。
私は2と3がメインで、もし凄味の絶対量が桁外れに高くても、「この人の腕で、この曲なら、まだまだ本気出せばいけるだろう」と感じると、大体twitterで名前出さずに愚痴るか、何も触れずに黙ります。

この動画の場合は、この楽曲でこのテーマで動画を作る場合における完成度が、非常に高いと思うのですね。
勿論一分の隙もないわけじゃーないけど、一分の隙もない物なんて余程エイムを緩くして評価者の判断基準を狂わせるか、イデアを新しく作り出すかしないと出来ないわけですし、そんなもんばかりではジャンルが偏って、人生がつまらなくなるのです。
つまり何を言いたいのかというと、「超面白かったから超好き」。


つばめP。
省みるに、視聴後一番興奮してたのがこれだったように思うので、たぶんこれなんでしょう。
大体去年の最初の頃まででしょうかね、ストーリーPVを見ると、「アイマス2のアイドルというのは、本当に私の知らない人なんだな」ということを再認識させられて、結構打ちひしがれていたのですね。
特にコミュシーンを使ったPVだと、それが顕著なのですね。心臓に響く。ごめんなさい、ごめんなさいと謝って逃げ出したくなる。だって、知らない人は怖いので。
他人様同士の蜜月を覗き見しているようで、その背徳感に首を絞められ、もう一つ、ごめんなさいと言いたくなる。
他人様の思い出を食わせて頂いて、ありがとうございましたと土下座をし、デザートに土を舐めたくもなる。
その感覚を持たなくてもいい――元より誰も知らない、過去の「覗き見」ではなくリアルタイムに紡がれている物語世界を読んでいるという面で、同氏の他の動画も呵責やジレンマ無しで見られる数少ないストーリーPVではあったのですけれど、うーん、でも、やっぱりこっちになるのかなぁ。
いやはやしかし、何を選んでも集計には入らず、私の自己満足で済むというのは、大変気分の楽なことですね。


爽快P。
合作参加作単品、という概念自体が正直私は心の底から気に食わないというか、合作は合作用の動画を作ってるのだろうから、単品にしたら魅力が損なわれるはずだし、そうなっていないような動画を合作に入れるというのがそもそも合作というスタイルの持つ数千年の歴史に対する冒涜なのじゃなかろうか、とまでは言わないというか、正直別に単品は単品でありがたいというか、フルバージョンで仕上げて頂けるのならばそんなに幸せなことはない、と思うのですけれど、それでもやっぱりその「可能性」、形取り得る最良の可能性が最も高くなるのは大抵「合作のパートとしてのそれ」か「フルバージョンとしてのそれ」のどちらかになるものだから、初めからそのどちらかだけで作って、もう一方の物なんか世に出さず封印してしまえばいいのに、と思わないでもないこともないのですが、ああでもこれは違う、合作の一部としても単品としても完成されている上に、含まれる幸福量の総量が半端ない。
素晴らしい箱庭ムービー。誤用。


カヅキP。
カヅキPだとこれって、今回は全然迷わなかったなぁ、というと取り様によっては言い方が悪いかもしれないのだけれど、語弊を恐れず言うなれば、そのようにありました。
それだけ飛びぬけて素敵だった、ってことなのです。

残像で振付1つの所要時間を伸ばし、かつ残像故に他の振りの時間も食い潰さず、あらゆる自然的な遷移がそのようにあるが如く、重層的に合わせてかかる、ストラティファイドシンクロ。
仮にダンスが1、2フレーム合わなくとも、エフェクトのどれかが合う。動き続けることで受け止め、受け流し、受け入れる。
最後の2秒の野暮ったさは手を触れない踊り子によるAPPであって、手を振る機能のない録画映像が偶然そのような電気配列にあったがために偶然芽生えた知能が為す生まれて初めての意思表示なのです。
うーん、この人の動画について何か書いてると、自分でも何書いてんだか全然わかんなくなりますね。こないだのもそれで消しちゃいましたしね。なんでだろう、気になるのは気になるけれど、これ考えるとまたわけわかんなくなるんだろうな。諦めよう。


回P。
回Pいっぱい好きなのあるけど、今期一番馬鹿みたいに繰り返して見た動画は、何万だか何十万だかある中の全部あわせても、たぶんこれ。
馬鹿みたいだったのは私で、繰り返したのも私で、見たのも私。
前半で大体意識が飛んでいたので、後半は今回久しぶりに見ました。良かった。
前にこのブログでも書いたのは書いたんだけど、そのまま引用すれば、
行き過ぎた赤調は色覚を安定軌道に押し上げるし、画面内に収まらない構図は黒枠との人物像の輪郭の距離が黄金比である必要性を排除する。
それに、脳内で視覚やリズムの補完が出来ないほど疲れている時は、これくらい緩いエイミングがいいのですね。
頭の上のリンゴなんて狙わないで、初めからその下の人間を狙うから、体のどこかに当たる。何度も弾道に修正を加えて、感覚と経験で乱射して、そのほとんどが当たる。
大枠でなぞるリズムはコンマイクラのシンクロズレなど感じさせないし、ゼロプレイヤーの悪影響も気にならない。
落ち着く。 
とのことらしく、私も「へぇ、そんな見方があるんですね」と他人事のように頷きながら、「ドットの乱れは逆に傷一つない3Dモデルを我々の住む次元まで引き落とす、世界を繋ぐための傷口となり、その小さな傷から引き裂いた次元の狭間を無理やりジャッキで広げて上半身を差し込んでズタズタに切り刻まれる感覚が心地よい」とか後で読んだら他人事のように感じるであろう印象批評をここに書き連ねているわけです。


ビンゴP。
ビンゴPがいなければ、この半年、正気を保てたかどうかも怪しい所だと思います。
正気を保てていたかどうかは怪しい所ですし、正気とは何なのか、果たしてそんな物を人類が持ち合わせているのかも怪しい所ですけれど。
用語は過去の数独解説動画、『Puzzling World 第1回・数独【第五次ウソm@s】』を見てないと脈絡も何もわからないとは思うのですけれど、かくも整頓されたパズル動画には、わざわざ脈絡なんて用意する必要もないのです。
ただただ数独を解く動画だと思うなかれ、いや、ただただ数独を解くだけの動画ではあるんですが、こうもサクサク解いてくれると、それもきちんと何をどうやってその答えに辿りつくのかを示して頂けると、我々は英雄譚に心を載せる少年読者のように、共にペンを振るい、マスを埋めているような、実感的錯覚によるお手軽カタルシスを楽しむことができるのです。
視覚のみを媒介としたVR。英雄譚よりも卑近で、推理小説よりもズレがなく、SFよりも論理的な、パズルリプレイというのは素敵な物ですねって、そう。


はねも先生。
もし仮にこの物語を「説話」だと考えるのであれば、ここから学ぶべきは「誇りは法よりも尊いが、守れる法は守る方が良い」か「尊厳在る勤勉の内に迎える死は、死者の最期を幸福に彩る」になるのでしょうか。
「寓話」だと捉えるのであれば、「親孝行をしよう」になるのでしょう。
卓袱台も公式設定ではありましたし、その発想はあったというご意見も伺いましたし、まぁそうだろうなぁとも思うのですけれど、これを3:44きっちり作りこんできて、私には口を挟む余地も無い。困りました。
だって、口を挟む余地がないなんて言っちゃったら、口が挟めないじゃないですか。
この後、全然関係ない動画の話を、大体10行ちょっとだったかな、書いて、ノータイムで、消しました。


たぬきP。
with JCCA。
これが伸びないのはおかしい、というのは流石におかしいと思うんですが、それがおかしいという世の中がおかしい、というのは、おかしいとも言い切れない。
駄洒落タイトル落ちの動画としては去年1年でもトップクラス、かくも美しいタイトル、それに加えて、全然意味のわからない素材があったことでしょうか。
もし字幕の表示時間が小節の区切れに合ってしまっていたら、我々は全然文字数も合わない歌詞を無理やり当てて歌うことになっていたのではないかと想像すると、ええ、恐怖に身が震えますね。


タキオンP。
凄いノベマスP、と言われて、酔っ払いの私がパッと挙げたのがタキオンPだったのですけれど、うん、「凄い」のですよ。
「面白い」し、わりと「巧い」のですけれど、それだけじゃなく。
そりゃ確かに、他に浮かんだ「凄い」人達の、みんながみんなして誤字脱字しやすそうな厄介な名前だったので、というのも、理由の一つではあります。
しかし、濃度や物量をおおっぴらに見せびらかさずに、この精度のお話を書ける人って、今そんなに沢山はいないんじゃないでしょうか。
このシリーズはサムネイルが表紙固定だからサムネ釣りによる新規視聴層開拓も難しいし、動画タイトルにサブタイトルがないからそれでも呼び込めないしなんですけれど、それはやはり作者様の「最初から全部見て欲しい」という意思によるものなのかなぁ。
TSF、TransSexualFiction――生物学的な性転換を軸に置いたお話で、中でもTSF業界のシェアワールド的要素、TS熱という「性別が変わる病気」を採っているのですけれど、最初の一歩のネタバレを辞さずに書けば、この物語は、男性プロデューサーが女性になってしまう、という所から始まるのですね。
登場人物は現在(22話まで)の所、そのプロデューサーと、765アイドルと、876アイドル、及びそれらの関係者(親族等)が主。
タキオンPのDSキャラへの認識と書き方は、私、相当好きなんですけれど、それがここでも生きてくるのですね。
たとえば、ふたなり二次はね。上等な料理にコンデンスミルクをぶち撒けるような思想だとは思うのです。女体化、男体化も。広い範囲では女装ネタも。二次創作に関しては。
中にはコンデンスミルクの甘味を活かしてすげー美味しく料理してみせる人もいますし、そういう方は尊敬しており、そうでない人とはあまり付き合いも持たないのですけれど、それはさておき。
今回TS熱を患うのは、原作中でも数少ない、固定されたイメージを持たない「プロデューサー」という人間だったから、二次創作でもそれが厭味を持たないのですね。
話数が進めば、物語世界は全ての原作、全ての他の二次創作から樹状に分岐し、誰がどのような状況になっても違和感無く納得できるようになりますよ。
なりますけれど、勢いやショック療法、キャラ崩壊、大事故や事件の梃入れ無しに、そのような分岐を成し遂げられるのも、「視聴者が1話から全部見て来ているという前提がある」からなのでしょう。
作りのしっかりした物語は、安心して読むことができるのが良いですね。


キウイP。
技術的にも感性的にも信頼している人が、自分の好きな方向性で物を出してくださると、それはもう嬉しいのです。大変高揚するのです。
もし仮に「今回のリストの動画、全部見たことないんだけど、一つだけ見るならどれがいいの?」と聞かれたら、うーん。
実際は相手の好みや信仰に合わせて選ぶとは思うのですけれど、やっぱりこの動画になるのでしょうか。
今期も色々ありましたし、この方の動画の大半がそうなのですけれど、一挙手一投足が「丁寧」、その言葉がしっくり嵌ります。
まず、うっかり集中力を殺がれないよう、タグ一覧の「広島ガス」が目に入らない所まで画面をスクロールする。
それから再生ボタンをクリックする。
ちょっと前の私曰く
一音ごとに丁寧に合わせた滑らかなダンスと、画面内から一切の違和感を消し去るために鋭くも慎重なカメラ、胸に染み入る、そう、表情。
ほとんど一貫して穏やかな目の色が、全身の動きを自信に満ちた重厚な物としているのですね。
自分の娘に見せたい動画ですね。娘いませんけど。
とのこと。それそれ。今の私の言いたいこと大体全部言ってくれました。娘のくだりも含めて。
画面の色配置もクリーンでエコロジーな色調に統一していて素敵よね、というのは言わずもがなだと思ったんでしょう、たぶん。
大変素敵な動画です。


ライムライトP。
それは影であり、網であり、夜であり、布であり、ブルーベリージャムであって、マーガリンでもあるのです。
トーストの焦げ目のようにライトで焼き込まれた画の重なりを始め、無数の重ね合わせがこの動画の中にはあります。
序盤、青と赤紫の重ね合わせ、静止した千早の重ね合わせ、目に焼きついた前カットの衣装、中盤からは異なる衣装、アクセサリの千早が同時に画面に映る。
衣装選択も然り、学生とアイドルの重ね合わせに始まり、水着マフラーは夏と冬の重ね合わせなのです。
後半は同じ不透明度の千早が残像として、鏡像として、終盤では46億年の歴史をモデル図にしたような走馬灯が流れるのですね。
これは、MCBN_M@sterという重ね合わせの文化をそうして表現したと共に、音楽への追従と、映像の追求――再現と表現を重ね合わせることでもあるのです。知りませんけど。
にしても、ハイライトを残して瞳の塗りつぶされた千早というのは、えらい可愛いものですね。


戦前P。
この少し前くらいの時期から、「古き良き疑似m@sの復古」という目論見を持って活動している一団がいらっしゃったのですね。
私、浅学にしてその辺りの事情はフォローし切れていないのですが、「古き良き」というのは所謂「駄洒落タイトルの一発ネタ」ではなく、アイマス楽曲に乗せた、壮大だったり雄大だったり、感動的だったりする感じの、あれのことだと、思うのですけれど。
この『伝書』は、それを受けた戦前Pが、疑似m@sという文化自体を最近知った一般視聴層に、「綺麗な疑似m@s」がどれだけ受け入れられるのかを図る、テストケースだったのでありましょう。確かにこれは素晴らしい動画でありました。
それを考えると、同じく戦前Pの『【疑似m@s】前に・・・』も、「駄洒落でない疑似m@s」がどれだけ認められるのか、を試すための物だったのではないでしょうか。
かくして、駄洒落以外の疑似m@sは大きく浸透し、先日公開された『【アイドルマスター】謎素材合作』やその支援動画でも、タイトルや楽曲に1mmも掠っていない疑似m@sが、いくつも投稿されていましたね。
疑似m@s復古の試みは成功したと言って宜しいのでしょう。宜しいのでしょうか。
めでたいですね。めでたいのかな。


井川KP。
疑似m@sといえば、というわけでもないのですが。
シナリオトレスの三次創作になるのでしょうか。
原作の原作は過去に所持していたので、話の大筋は存じていましたから、最初は様子見程度のつもりで覗いていたのですよ。
でも、作る人も巧いし、媒体も違うし、何より音楽が載っているのが本当に良い。
私、アニメ化でもドラマ化でも映画化でもコミカライズでも、十中七八は原作至上主義に陥ってしまう方なのですけれど、これに限っては漫画版より数段面白かったと思います。
おかげさまで、去年の12月半ばくらいまでかな、2グラ立ち絵の千早がすぎやまこういちに見えるという、何だかよくわからない現象が起きており、ゲーマー属性なんか出されると頭が混乱していたのですね。
「動画コメントで他の動画の話をするな」というのはよく言われる話ですけれど、それだけの影響力を持つ動画というのはやはりあるものですし、この動画もその一つだったのだな、と改めて思いました。


☆まゆちゅ☆先生。
作中の雪歩、春香は同学年の高校2年生であり、シリーズ第1話時点で、雪歩も相撲部に入って少なくとも1年以上は経つわけです。
つまり、序盤、ああもヘタレて負け癖も付き、ギャグシナリオのダメダメ主人公然としていた雪歩がここまで成長できたのは、「相撲を始めたから」という安直なカンフルによる物ではなく、この話数の中で、視聴者と同じ視野の中で重ねられた経験によるものなのですね。
コメディが良い話になるとカチンとくることもままあるのですけれど、それは今までの積み重ねをぶん投げて全く関係ないことを始めるのがいけないのであって、そうでなければ、愛着の分だけ感情が移入されるのです。
この動画の場合、シリアスパートでもつい笑ってしまう、というのもありますけれど。

日常ノベルパートと相撲パートのギャップによる面白味、特にMMDで描かれる取り組みと、相撲解説のガチ加減に引き込まれ、あれよあれよという間に話数を重ねてゆく、それも失速もせず、暴走もせず、着実で堅実で淀みなく。
このシリーズの凄い所は、「毎回同じくらい面白い」ことなのです。
面白さに山谷がない、毎回同じ程度にひきつけられる。
構成の計算、注力のバランスが巧く、衝動に任せず、変化のみに頼らず、地力で面白さを突き進める。
これでトーナメント編なんて入ってしまったら、どうなるんだろう。毎回熱い取り組みが続いたりすると、面白さのバランスが崩れて、トーナメント終了時に何となく物足りなくなってしまったり、するのでしょうか。
それとも、そこで綺麗に締めるのかな、と私が煩悶していた所、「まわしだけに」という貴重なご意見を頂いたので、参考までに此方にも併記申し上げます。
番外編や外伝で続けるという手もありますけれど。
今後の展開も楽しみなシリーズです。


ピウP、ATP。
やったーワールドユース編だー!!!!!!!!!!!!!!!
熱い最終決戦の後の可能性といえば、この劇場版Qm@sがありますね!!!!!!!!!
毎回同じ程度にひきつけられる、という点でもそうかしら。

卓球とバドミントンは専門の経験者には勝てないと言いますけれど、競技クイズも然りですね。
顧問も含めたオールスターの頂上決戦というのみならず、本編から2年という月日を経て、各人が自身の弱点だと認識していた点を克服し、成長し、息も出来ないほど密度の高いクイズを繰り広げるのですね。
二番手、三番手がチーム戦で受け持っていた役割から先へ進み、個人戦でも格上相手と戦えるようになる、完結した本編の中の物語ではいつまでも同じ位置に留まっていた登場人物が、劇場版という舞台で殻を破る様。
良い続編ですねぇ。


ブースP。
ダブクロのルールは全然把握していないので、いつも用語などぐぐりながら見ているのですけれど、インターネットって本当に便利ですね。
五題噺から始まる流れるような中二設定と、好き勝手な設定のPC陣、無茶振りを拾い広げるGM。
立ち位置も追加で用意されただけのPC3が世界観ごと持って行ったように見えて、何だかんだで全員で食らい付き、引き倒す。
登場人物設定と世界観、端々に挟まれるフットボール要素はともかく、基本的にはシリアス寄りの熱いロールプレイで超おもしろかっこいい。
先の元日に完結したんですけど、うーん、どうしてこれで良い話になるんだろうなぁ。

この動画を見て
「GMは怖くないよ」
というメッセージが伝わるかどうかは少々疑問というか、こんなもんリアルタイムで捌けるんかと人類の可能性に胸打たれたのですが、またTRPGやってみたい欲というのは沸々と湧いて参りました。
今度一人でサイコロでも振ってようかしら。


ペンタP。
過去記事を見るに、過去の私は
吊さんm@sterという見る側にとって非常に楽しそうなリコンストラクション(三次創作)なのですけれど、えっとね、んーとね、詩的にも分析的にも物を語れる頭が残ってないから単純に事実だけを述べると、すっごい好き、光量少なく闇に溶けゆく末端が最高にキュートな緩さでビビッドさを塗りつぶした三次創作は視聴者の中で四次創作になるというのもあるし声質まで溶け込んで、レコードの針が心臓を貫いたら盤面の溝が毛細血管を削り落とす感じ、その滓を集めて人形を作るのよ。親指大の。練り消しみたく。大体そんな感じ。すげー好き。
とか何とか書いていたらしいのですが、全然意味がわからないので改めて書きますと、つまり両掌で作った鞠の中ほどの光量で踊る涼、言われてみればDSのローポリアイドルは両手で包み込めそうな感覚がありまたコレはオルゴールつきのキネマトスコープのような動画なんですけれど「合わせる」と言うとダンスシンクロやカットやカメラのシンクロナイズばかりが連想される世の中において雰囲気を合わせるタイプの動画がここまでの域に達してるのは珍しくそれだけで心が躍り狂う、というのも原曲の声質が似ているのである程度近付けて重ねれば自動的に引き合って結び付くのですけれど、元あった間隔が広いほど、指先が、腕が、体が中に入り込む余地があるということで、それが引き合って締め付けられることで、強い拘束力を得ますねぇ。えへへ。伝える気が見られない。
雰囲気合わせ、数自体は無いでもないんですけどね、精度が高いなぁって、ことに歌入りダンスPVMADで、って。
実写パートが大半を占める奴とか、アニマスMADや疑似m@sなら結構あった気もするけれど。って。
大体そんな感じです。


aaa先生。
過去記事では「何を言っているのかわからない」どころか「何も言ってない」状態だったので、引用もせずに書きましょう。
「ファッショナブル」には大きく分けて2系統の軸があるのですね。
軸Xは「既存のおしゃれな概念をいかにおしゃれに吸収できるか」というもので、軸Yは「おしゃれ概念をいかにおしゃれに生み出せるか」というものなのですけれど、後者はぶっちゃけ糞ほどの価値もない要素なのですね。
そんなもんね、顔が良くて立居振舞の美しい人間は、何着たっておしゃれに見えるんですよ。ファッションリーダーなんて顔が良けりゃ誰でもなれるんですよ。タバコを吸う人がかっこいいんじゃなくて、かっこいい人がタバコを吸うからかっこいいんですよ。トーンカーブをぐちゃぐちゃに弄るのがセンスあるんじゃなくて、センスある人がトーンカーブをぐちゃぐちゃに弄るからセンスあるんですよ。猫が可愛いんじゃなくて、可愛い猫が可愛いんですよ。眼鏡だから好きになったんじゃない、好きになった人がたまたま眼鏡だったんですよ。マヨネーズかけても、フライパンは食べられないんですよ。
重要なのは前者、おしゃれな要素をいかにおしゃれに配置できるか、おしゃれな方法論をいかにおしゃれに使いこなせるか。
その点に関しては、この動画はもう一分の隙もなくおしゃれなのですね。
加えてこの方は地の顔とも言うべきおしゃれ血流もおしゃれなんだから、おしゃれ×おしゃれで超おしゃれになり、第七日にその造りたるおしゃれを竣て安息たもうたわけです。


むすひらP。
手踊りと足踊り、どちらをメインで使うかというのは動画製作者様それぞれの選択の結果です。
ダンスは公式が作った物で、使える材料は共有されているのですけれど、どの曲を選ぶか、どの振り付けを選ぶか、どんなカメラで切り取るかによって、クライマックスでどちらを使うかによって、手踊りと足踊りに偏りは生じる。
足踊りが良い動画には、それだけで心臓が鷲掴みにされるし、それを素敵なタイミングで差し込める人は、それだけで大好きになるのです。むすひらP特有の、ゆるやかふんわり、ゆるふわオーラを漂わせるのに、動きの大きな足踊りが刺さるのですよ。この動画でも序盤の足踊りが全体の空気を作って、それが最後までずっと保たれて、それだけで呼吸ができるくらいになってらっしゃいますし。
けれど、そう、手踊りも巧いんですよねぇ、この方。ほとんど手踊りだけで作ってる動画もありますしね。ロングのカットがこんなに使われてるのにほとんど手だ、なのにこんなに面白い、すげえ、って思ったのはどの動画だったかな。忘れちゃいましたけど。
逆に、顔踊り……というと何だな、えぇと、表情に特化した引っ張り方を、あまりされないのですよね。Vi.要素っていうのかしら。一瞬の表情で魂を掻っ攫うタイプのアレ。あるでしょう。それです。
だからこそ血圧の乱高下しない、ゆるふわモテカワキュンキュンオーラの漂う動画になるというのも、きっとあるのでしょうね。
成る程、プロデュースってそういうことなのですか。


そふぁそぐ先生。
悲しいことがあった時に見返したい、そう思ってマイリストに放り込んだ動画です。


以上で20本でしょうか。
まぁちょっとぐらい前後しても、個人で勝手に好きな動画を並べて感想文を書いているだけの話なので、全然どうでもいいですね。
たくさん削ったのです。学術的見地から重要だなーと思う動画とか、ある一日のろくでもない気分を払拭してくれた動画とか、色々、思い出して、ちょっと泣くくらい。
アンニュイでエモーショナルな気分の中で後記を綴るとろくなことがないので、このエントリはこの辺りでおしまい。
お付き合い頂きまして、ありがとうございました。
スポンサーサイト
プロフィール

藤田るいふ

Author:藤田るいふ
ニコマスとかアイマスの話を思う存分書き綴る用のサブブログ。 たぶん期間限定なんですけど、期間自体は未定。本家

最新記事
カテゴリ
最新コメント
月別アーカイブ
検索フォーム
リンク
RSSリンクの表示
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。